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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)179号 判決 1983年9月20日

原告 赤坂商事株式会社

被告 東京法務局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が原告に対して昭和五七年八月三〇日付でした審査裁決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は東京都港区において「不動産に対する投資、売買並に仲介」等を目的として登記した株式会社である。

2  東京法務局港出張所登記官は、原告と同一市町村(東京都港区)において「宅地建物取引業務」等を目的とする株式会社新赤坂商事に係る株式会社変更登記申請(昭和五二年一月二二日受付第九八三号)を受理し、登記した(以下このうち商号変更登記に係る部分を「本件登記」又は「本件処分」という。)。

3  そこで原告は昭和五七年六月一〇日、本件処分は原告の商号専用権を侵害するものであるとして被告に対して審査請求したところ、被告は、昭和五七年八月三〇日付で、原告は本件処分の利害関係人に該当しないとして審査請求を却下する裁決をした(以下「本件裁決」という。)。

4  しかしながら原告は本件処分により直接かつ現実に商号専用権を侵害されており、登記上直接の利害関係を有し審査請求人適格を有するので、本件裁決は商業登記法(以下「法」という。)一一四条の解釈と適用を誤つた違法があるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認め、同4は争う。

三  被告の主張

1(一)  原告は本件審査請求をする利益を有せず、本件審査請求は不適法であるから、これを却下した本件裁決は適法である。

(二)  法一一四条は、審査請求をすることができる者について、「登記官の処分を不当とする者」としか規定していないが、審査請求をすることができるのは、これらを行うについて法律上の利益を有する者でなければならない。これは、審査請求の制度が違法な行政処分に対する救済の制度であつて、利益のない者にまで審査請求をする権利を認める理由がないことから、極めて当然のことである。このような法律上の利益を有しない者が審査請求を行つた場合、その審査請求は不適法として却下されるのである。

そして、右にいう「登記官の処分」が登記をしたことである場合には、その登記に対する審査請求は、法一〇八条二項又は一一〇条以下の規定により、登記官が職権で登記を更正し、又は抹消することができるときに限つて、これを行うことができる。なぜなら、いつたん登記がされた以上、登記官が職権により登記を更正し、又は抹消することができない限り、登記をしたことに対する審査請求は目的を達しえないからである。

(三)  本件において、訴外株式会社新赤坂ゴルフからなされた「株式会社新赤坂商事」とする商号変更登記の申請が、仮に原告主張のとおり、原告の商号と類似であり、法二七条、二四条一三号により却下すべきものであつても、いつたん登記された以上は職権により抹消することができないのであるから(法一一〇条ないし一一三条)、審査請求の方法によつては、該登記の抹消という目的を達成することはできず、したがつて、原告は審査請求の利益を有しないものである。

原告としては、前記商号変更登記の申請人に対し、商法一九条あるいは二〇条に基づき、前記登記の抹消請求をするほかないのである。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  原告は本件審査請求をする法律上の利益を有し、かつ以下のとおり、本件登記は法一一〇条以下の規定による登記官の職権抹消の対象となるものである。

2(一)  本件登記は東京法務局港出張所において原告が既にしていた「赤坂商事株式会社」なる登記と重複し、法二四条三号に該当するから、法一〇九条一項一号に該当し、法一一〇条以下の職権抹消の対象となる。

(二)  商法一九条は「他人ガ登記シタル商号ハ同市町村内ニ於テ同一ノ営業ノ為ニ之ヲ登記スルコトヲ得ズ」と規定しているが、通説、判例は既登記商号と同一商号のみならず、これと紛らわしく判然区別することができない類似商号も登記することはできないと解している。すなわち、既登記商号の法律効果たる商号専用権は類似商号にもこれを排除する法律効果を及ぼすのである(換言すれば類似商号も既登記商号と同一の登記効力を有するといえる。)。

このような商法一九条の解釈及び二重登記を排除する法二四条三号の趣旨からすると、既登記商号の登記効力の及ぶ範囲内の登記申請事件(すなわち既登記商号と紛らわしく判然区別できない類似商号の登記申請事件も含む。)はこれを法二四条三号に該当する同一登記の申請として取り扱うのが相当である。

また法二四条三号は、登記申請人が同一人である場合に限らず広く別人の場合をも包含するものと解すべきである。

(三)  本件処分にかかる「株式会社新赤坂商事」なる商号は原告の商号「赤坂商事株式会社」と紛らわしく判然区別できない類似商号であるから、本件登記は法二四条三号に該当するものである。

3(一)  仮に本件登記が法二四条三号に該当しないとしても、本件登記には無効原因があり、しかもその無効は訴えによつて主張することを要しないものであるから、本件登記は法一〇九条一項二号に該当し、法一一〇条以下の職権抹消の対象となるものである。

(二)  2(三)で主張したとおり本件登記は商法一九条に違反するものであり、同条は国民に義務を課した実体法で強行法規かつ効力規定であるから、本件登記は実体上の効力を生じないもの(無効)であり、法二四条一〇号に該当する。しかも、右無効は、実体法違反の違法を原因とする蓋然性の無効原因によるものであり、明白顕著であつて、登記簿の記載、申請書又は添付書類により何人にも確実かつ容易に認識しうるので、訴えによることなく主張しうるのである。

(三)  なお法二七条は商法一九条と異なり登記官に義務を課した手続法かつ訓示規定であるから、同条違反の場合と商法一九条違反の場合の法律効果は区別して考えなくてはならないし、また法二四条一〇号は実体法(例えば商法一九条)違反の無効原因を却下事由とする規定であるのに対し法二四条一三号は手続法の禁止規定(法二七条)違反を却下事由とする規定で両者の法律的性質は次元を異にするから、法二四条一三号の存在をもつて商法一九条違反が法二四条一〇号ひいては法一〇九条一項二号に該当しないと根拠づけることはできない。

五  原告の反論に対する被告の再反論

1  原告の反論2について

法二四条三号に規定する「事件がその登記所においてすでに登記されているとき。」とは、同一事項は二重に登記されるべきでないとの観点から、申請にかかる登記事項が既に登記されている場合、例えば、同一人が同一営業所において同一商号の登記を重ねて申請する場合とか同一会社において同一人を取締役又は監査役に選任する登記を重ねて申請する場合等を意味するのであつて、本件において、株式会社新赤坂ゴルフから申請のなされた、商号を「株式会社新赤坂商事」に変更するとの登記事項については、東京法務局港出張所においては、これまで全く登記されていないものであり、原告の主張は明らかに失当である。

2  原告の反論3について

(一) 法一〇九条一項二号にいう「登記された事項につき無効の原因がある」とは、例えば、会社の解散が無効である場合において、その解散に基づいてされた解散及び清算人選任の登記、取締役会の決議の方法に瑕疵があつて決議が無効の場合において、その決議に基づく登記及び存在しない支店を支店として登記した場合におけるその登記等のように、登記によつて公示された実体関係に無効の原因があつたり、あるいは右実体関係が存在しない場合を意味するのであつて、本件においては、このように登記と実体関係との間に齟齬がある場合でないことは極めて明らかである。すなわち、商法一九条はこれに違反する登記申請を登記官が却下すべきものとする登記手続法上の効力を定めたものにすぎず、商号登記の実体的効力に言及したものではないから、同条に違反する商号登記であつても、それが実体的に無効になることはないのである。

(二) 商法一九条は法二七条と同趣旨の部分を含んでいると一般に解されているが、法二七条に反して受理された登記について申請又は職権による抹消が許されるのであれば、法の規定の形式からいつて、当然法一〇九条一項一号に規定されるべきものであるが、同号には規定されておらず、しかも同号の抹消事由は限定的であると解されているのであるから、法一一〇条ないし一一三条の規定により職権抹消しえないことは明らかである。

(三) 法二四条に定める却下事由のうち、同条一〇号は「登記すべき事項につき無効又は取消しの原因があるとき。」を掲げており、この無効原因は、同法一〇九条一項二号の「無効の原因」と同一であると解されている。

ところで、同法二四条は、これとは別に同条一三号で同法二七条に該当する場合を却下事由の一つとして掲げているが、先に述べたように商法一九条は、法二七条と同旨の部分を含む規定であり、法二七条に該当する商号登記は、商法一九条によつても禁止されるものであるから、仮に同条違反の商号登記が実体的に無効であれば、すべて法二四条一〇号に該当することになり、これとは別個に同条一三号の規定を置く必要は全くない。したがつて、同法は、商法一九条違反を法二四条一〇号の無効原因には含めていないものと解すべきであり、同様に同法一〇九条一項二号の「無効の原因」にも含まれないというべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二1  本件審査請求は本件処分が商法一九条に基づく原告の商号専用権を侵害するとしてされたものであることは右のとおり争いがないが、登記者の登記した処分に対する審査請求については、当該登記申請が法二四条のいずれかの号に該当し、登記官として却下すべきであつた場合にも、いつたんこれが受理されて登記が完了した以上は、法一一〇条以下の規定に従い登記官が職権によりこれを抹消することができる場合でなければ、審査請求の方法により当該登記の抹消を請求することは許されないと解されるから、本件登記が職権抹消の対象となるか否かにつき検討する。

2  まず、原告は本件登記は法二四条三号に該当し、したがつて法一〇九条一項一号に該当すると主張する。

しかしながら、法二四条三号は「事件がその登記所においてすでに登記されているとき。」と規定しているところ、本件登記は商号を「株式会社新赤坂商事」に変更するというものであり、同一申請人に係るこれと同一の登記が東京法務局港出張所でされていないことは原告の主張に徴しても明らかであるから、本件登記が法二四条三号に該当しないことは明白である。原告は商法一九条により原告の既登記商号の効力の及ぶ範囲内の登記申請事件はすべて同一事件として取り扱うべきであり、法二四条三号は登記申請人が同一である場合に限らないと主張するが、いずれも独自の見解であり採用できない。

3  次に原告は本件登記は商法一九条に違反して無効であり、その無効を訴えによつて主張することを要しない場合であるから、本件登記は法一〇九条一項二号に違反すると主張する。

しかしながら、法一〇九条一項二号にいう「登記された事項につき無効の原因がある。」とは、登記によつて公示された実体関係に無効の原因があり、あるいは実体関係が存在しない結果登記と実体関係との間に齟齬がある場合を意味するものと解されるところ、商法一九条は、既登記商号をこれと同一市町村内で同一の営業のために登記することを禁ずるのみで、右商号ないし登記を実体上当然無効とする趣旨の規定であるとは到底解しえないから、仮に「株式会社新赤坂商事」なる商号を登記することが商法一九条に違反するとしても、それだけでは登記と実体関係との間に齟齬を来すものではなく、本件登記が法二四条一〇号又は一〇九条一項二号に該当するものでないことは明らかである。

けだし、法二四条一三号は、商法一九条と同一の趣旨の部分を含んでいると解される法二七条の規定により登記することができない商号の登記を目的とする申請を却下すべき旨定めているが、仮に商法一九条ないし法二七条違反の場合は当然職権抹消の対象とする趣旨ならば法一〇九条一項一号に法二四条一三号に掲げる事由のあることも規定されるべきであるが、法一〇九条一項一号には「第二十四条第一号から第三号までに掲げる事由があること。」としか規定されていないこと、また、仮に商法一九条に違反する登記が当然無効であるとするならば、法二四条一〇号の「登記すべき事項につき無効又は取消しの原因があるとき。」とする却下事由と別個に前記同条一三号の規定を設ける必要はないからである。

原告は商法一九条は実体法で強行法規かつ効力規定であるからこれに違反する登記は実体上当然無効であると主張するけれども、これまた独自の説であり採用できない。

4  したがつて原告の主張はいずれも理由がなく、本件登記は法一一〇条以下の規定により職権抹消をしうる場合に当たらないといわなければならない。

三  したがつて、本件審査請求は審査請求の方法によつては本件登記の抹消という目的を達成することができないという意味で審査請求の利益を欠くか、そもそも審査請求の対象たりえない処分に対する審査請求を求めるもので不適法というべく、これを却下した裁決は正当である。

四  よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 菊池徹)

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